世界の鉄鉱石の主要な供給源は、24億年前の微生物が吐き出した酸素が海の鉄を錆びさせて沈めた地層です。地球が生命を生んだだけでなく、生命のほうが地球を作り変えた——その順序の逆転から、この惑星の履歴を読み直します。
電車のレールは、24億年前の微生物の廃棄物でできている
アメリカ・ミシガン州の鉄鉱山から掘り出される岩には、赤や黒の縞が何百層も走っています。両大戦の艦船や戦車の鋼の多くは、この岩を原料にしていました。
その縞模様のでき方が問題です。約24億年前、海には鉄が大量に溶け込んでいました。そこへシアノバクテリアという微生物が、光合成の副産物として酸素を吐き出しはじめます。溶けた鉄は酸素と反応して錆び、粒になって海底に沈みました。積み重なったその地層が縞状鉄鉱層で、いま世界で採掘される鉄鉱石の主要な供給源はここです。私たちが乗る電車のレールは、24億年前の微生物が出した廃棄物の沈殿を掘り返して作られています。
地球に生命が生まれた。これは正しい。けれども話はそこで終わりません。生まれた生命のほうが、大気の組成も、海の化学も、地表を作る岩石の種類までも書き換えてしまった。私たちが「地球」と呼ぶこの姿は、住人が作り変えた結果でもあります。では、作り変えられる前の地球はどうやってできたのか。出発点にあたる部分ほど、議論はまだ続いています。
海の水はどこから来たのか
地球らしさの中心にある液体の水も、どこから来たのかは決着していません。長く標準的だったのは「外から運ばれてきた」という見方です。太陽系の内側は惑星ができる頃には熱すぎて水は凝縮できず、地球の材料は乾いていたはずだ。だから外側の天体が後から運び込んだ——運び屋の候補は彗星と小惑星でした。
判定に使うのは、重い水素である重水素と、普通の水素の比(D/H比)です。天体が太陽からどれくらい離れて生まれたかでこの比が変わるため、水の産地表示のように働きます。地球の海の値は1.56×10⁻⁴。2014年、欧州宇宙機関の探査機ロゼッタが彗星67P/チュリュモフ・ゲラシメンコで測った値は5.3×10⁻⁴と、3倍以上ありました。これで彗星犯人説の分は悪くなり、代わって小惑星説が有力になります。2022年には、はやぶさ2がリュウグウから持ち帰った試料の分析からも、こうした含水小惑星が初期の地球への重要な供給源だったとする報告が出ました。
ところが、話はねじれます。2020年、ロレット・ピアニらフランスの研究チームは、太陽系の内側でできたはずのエンスタタイトコンドライトという隕石を13個調べ、「乾いているはず」の常識に反して、地球の海の3倍以上に相当する水素が含まれていると報告しました。しかもD/H比は地球のマントルに近い。地球は最初から湿った材料でできていた可能性が出てきます。さらに2024年11月、NASAゴダード宇宙飛行センターのキャスリーン・マントらが、ロゼッタの1万6千件を超える測定を再解析し、彗星のまわりの塵が重水素を多く見せていたと報告しました。塵の影響が薄れる遠方のデータだけを取ると、67Pの値は地球の海に近づきます。十年前に容疑を晴らされたはずの彗星が、また容疑者リストに戻ってきました。
おそらく「どれか一つが正解」ではないのでしょう。争点は犯人探しから、配合比の推定へ移りつつあります。
月がなければ、地球の気候は荒れていたのか
もう一つ大きいのが月です。有力なのはジャイアント・インパクト説——太陽系の初期に火星ほどの大きさの天体(テイアと呼ばれます)が原始地球に衝突し、飛び散った破片が集まって月になった、という筋書きです。
この説には気候上の副産物がついてきます。1993年、天文学者ジャック・ラスカールらは、月がなければ地球の自転軸の傾きはカオス的に振れ、0度から85度近くまで変動しうると報告しました。実際の地球は23.3度前後で±1.3度ほどしか揺れません。月という重りが気候の安定装置として効いている——魅力的な話です。ただし2011年から2012年にかけてジャック・リサウアーらが計算をやり直すと、変動幅は10億年スケールでもおよそ±10度にとどまる例が多いという結果になりました。安定化には効くが以前ほど劇的ではなく、月がなくても生命は排除されない、というわけです。
説の土台にも難点が残ります。月の岩石の酸素同位体組成は地球のものとほとんど区別がつかず、衝突してきたテイア由来の「よその指紋」が見つからない。同位体危機と呼ばれるこの問題に決定打はまだありません。
生命が大気を書き換え、そして地球を凍らせた
いちばん背筋が動くのは、やはり大酸化事件です。
酸素発生型の光合成そのものは、大酸化事件よりずっと早く始まっていたと考えられています。推定に幅はありますが、30億年以上前にはすでに動いていたという見方が有力です。にもかかわらず、大気に酸素が溜まりはじめたのは約24億年前。数億年から10億年近い時間差があります。
この時間差を説明する一つが、冒頭の縞状鉄鉱層です。作られた酸素は、まず海に溶けた鉄を錆びさせることに使い切られた。海が巨大な酸素の吸い取り紙として働くあいだ、大気は変わらない。鉄がおおむね沈み切って、ようやく余った酸素が大気へ漏れ出しはじめた——という筋書きです。
大気に出た酸素がしたことは、二つあります。一つは、毒でした。当時の主役は酸素を必要としない嫌気性の微生物で、その多くにとって酸素は細胞を壊す危険な物質です。この時期に多くの嫌気性生物が姿を消したと考えられています。生命史でもっとも早い大量絶滅の一つを引き起こしたのは、生命自身の排気でした。
もう一つは、寒冷化です。当時の大気には、強力な温室効果ガスであるメタンが多く含まれていました。酸素はメタンと反応して、温室効果のずっと弱い二酸化炭素と水に変えてしまいます。毛布を剥がされた地球は冷え、広がった氷が太陽光を跳ね返してさらに冷えるという悪循環に入りました。約24億年前から3億年ほど続いたヒューロニアン氷期です。氷は低緯度まで達し、全球凍結(スノーボール・アース)に近い状態だった可能性も指摘されています。自分の廃棄物で自分の惑星を凍らせた、と言ってもいい出来事です。
書き換えは、大気と気候にとどまりません。地球化学者ロバート・ヘイゼンらは、鉱物にも進化の歴史があると論じています。太陽系の出発点にあった鉱物は十数種類。惑星ができ、火成活動や熱水活動が働いても、物理化学的な過程だけならせいぜい1,500種ほど。ところが現在の地球で知られる鉱物は5,000〜6,000種にのぼります。ヘイゼンらの見積もりでは、この多様性のおよそ7割は、生命が大気と海の化学を変えたことから間接的に生まれたものです。比べると火星は、50年以上の探査を経ても記録された鉱物が161種。鉱物を作る仕組みの数からして、地球の57に対し火星は20しかありません。
足元の石ころですら、かなりの確率で生命の産物だということです。
それでも「地球は生きている」とまでは言わない
ここまで読むと、地球そのものが一つの生き物のように自分を調節している、という話に聞こえるかもしれません。1970年代にジェームズ・ラヴロックがリン・マーギュリスとともに提唱したガイア仮説は、まさにそう主張しました。
けれども科学界はこれを歓迎しませんでした。フォード・ドゥーリトルやリチャード・ドーキンスが指摘したのは、自然選択が働くには複製と競争が必要だという単純な事実です。惑星は複製しないし、うまく調節できなかった地球が競争で脱落することもない。地球が「調節するように進化する」経路は、そもそも存在しない。逆向きの批判もあります。古生物学者ピーター・ウォードが2009年に示したメデア仮説は、生命はむしろ自分の首を絞める方向に働きがちだと主張します。大酸化事件も、それが招いた氷期も、生命が自分の生存条件を壊した例として読めるからです。
生物圏が地球の化学と気候に深く関与しているという穏当な部分は、地球システム科学として教科書に入りました。地球が全体として自己調節するように「進化した」という強い主張のほうは、いまも少数派です。生命が地球を作り変えたのは事実ですが、それは地球のためでも、生命自身のためでもありませんでした。
いま分かっていること、まだ分からないこと
確かなのは、順序と痕跡です。地球はおよそ46億年前にでき、その後のある時点で生命が生まれ、24億年前ごろから生命が大気と海と岩石を作り変えた。その痕跡は、縞状鉄鉱層として、鉱物の多様性として、いま吸っている空気の約21%を占める酸素として残っています。
分かっていないことも、同じくらい具体的です。海の水の出どころは決着していません。月をつくった衝突の詳細は、同位体の証拠と噛み合いません。プレートテクトニクスがいつ始まったかも、40億年以上前とする説から10億年前程度とする説まで幅があり、なぜ地球にだけそれが現在も続いているのかは分かっていません。有力なのは水が岩石を柔らかくして板を滑らせているという説明で、もしそうなら、水の起源をめぐる問いとこの問いは根元でつながっていることになります。年代の数字が資料ごとに揺れるのにも理由があります。大酸化事件も数億年かけて進んだ移行期で、24億年前という数字は目盛りというより、幅のある帯の名前だと思ったほうが実態に近いはずです。
次にビルの鉄骨や、駅の壁に使われた石灰岩を見かけたら、少し立ち止まってみてください。あの鉄は、24億年前の微生物が吐いた息の沈殿物です。あの石灰岩の多くは、海の生き物が残した殻や骨格が積み重なったものです。私たちは、誰かが暮らした跡の上に建物を建て、その跡を呼吸しています。