19世紀のアメリカには、群れが通ると空が何日も翳るほどのリョコウバトがいました。数十億羽です。それが数十年で消えました。数の多さが守ってくれないなら、種の寿命は何が決めているのでしょうか。

数十億羽の鳥が、数十年でいなくなった

19世紀のアメリカ東部では、渡りの季節になるとリョコウバトの群れが空を覆いました。群れが通り過ぎるあいだ日が翳り、それが何日も続いたという記録が残っています。個体数は数十億羽と推定され、北米でもっとも数の多い鳥でした。おそらく、地球上でもっとも数の多い鳥でした。

その群れが消えるのに、一世代分の時間もかかりませんでした。電信が群れの居場所を狩猟者に知らせ、鉄道が狩猟者と撃たれた鳥を運びました。野生で最後の1羽が撃たれたのが1901年。1914年9月1日、シンシナティ動物園で最後の1羽「マーサ」が死に、この種は終わります。

数十億という数は、何ひとつ守ってくれませんでした。

そしてこれは、例外的な事件ではありません。地球にこれまで現れた生物種の99%以上は、すでに絶滅していると見積もられています。絶滅は生き物にとって事故ではなく、標準的な終わり方です。だとすると、問いは形を変えます。なぜ種は絶滅するのか、ではなく——ある種は数十億の個体を抱えたまま数十年で消え、別の種は数千万年を生き延びる。この差はどこから来るのでしょうか。

弱かったから消えた、という説明

もっとも素直な答えは、ダーウィン的なものです。環境が変わり、その変化についていけなかった種が退場する。餌の幅が狭い、繁殖が遅い——適応度に関わるどこかが不利になったから消えた、という見方です。古生物学者デイヴィッド・ラウプはこれを「フェアゲーム(公平な試合)」と呼びました。実力どおりの結果が出る試合、という意味です。

この説明には強みがあります。大量絶滅の起きていない平常時(背景絶滅と呼ばれます)の絶滅の多くは、確かに何らかの不利と結びついて見えます。分布域が狭い種、個体数の少ない種、特定の餌や気候に依存した種のほうが消えやすい。化石記録からも現在の観察からも支持される傾向です。

苦しくなるのは、大量絶滅を説明しようとしたときです。恐竜もアンモナイトも、それぞれの時代を長く支配したうえで消えています。彼らを「弱かった」で片付けるのは無理があります。むしろ、それまでの繁栄の理由だった性質——大きな体、特定のニッチへの特殊化、豊かで安定した環境への依存——が、ある日を境に不利へ反転したように見えます。

それとも、運が悪かっただけなのか

ラウプは1991年の著書『Extinction: Bad Genes or Bad Luck?(絶滅——悪い遺伝子か、悪い運か)』で、もうひとつのモデルを並べました。「弾丸の野原(field of bullets)」です。

野原に生き物が散らばっていて、そこへ弾丸が無差別に降ってくる。当たった種は死に、外れた種は残る。生死を分けるのは形質ではなく、たまたまどこに立っていたかだけ。ラウプの見立てでは、大量絶滅を説明するには「悪い遺伝子」よりも「悪い運」のほうが有力でした。

この二つのあいだに、三つめのモデルも置かれています。「見境のない破壊(wanton destruction)」——絶滅は選択的だが、平常時とはまったく別の基準で選ぶ、という考えです。2021年に王立協会紀要へ出た研究は、三つを体サイズのデータで検証し、大量絶滅では体の大きさと絶滅リスクの関係が平常時から変わることを示しました。くじ引きでもなく、平常時の延長でもない。ルールが途中で書き換わる試合、というのが現在の見立てに近いようです。

運の側に立つと、居心地の悪い帰結がついてきます。いまの地球の顔ぶれは、能力の差が積み上がった結果ではなく、6600万年前に小惑星がどこへ落ちたかという偶然に大きく依存している、ということになるからです。哺乳類が栄えたのは、優れていたからではなく、生き残ったからかもしれません。

史上最悪の絶滅は、規模さえ確定していない

五大絶滅のうち最大とされるのが、約2億5200万年前のペルム紀末です。教科書や一般向けの記事では「海生生物種の96%が消えた」という数字がよく引かれます。

ところが2016年、地質学者スティーヴン・スタンリーが米国科学アカデミー紀要に発表した論文は、この数字を否定しました。96%という推定は1979年のラウプの計算に由来しますが、そこではペルム紀中期の絶滅と末期の絶滅が意図せず合算されていた。分けて計算し直すと、末期に消えた海生生物種は約81%になる。スタンリーは、90〜96%という数字は「間違いなく誤り」で「可能性としてすら引用すべきでない」と書いています。史上最悪の絶滅の規模でさえ、まだ動いている。それがこの分野の手触りです。

原因の側も同じです。ペルム紀末の有力な容疑者は、シベリアの巨大な溶岩台地(シベリア・トラップ)とされてきました。マサチューセッツ工科大学のセス・バージェスとサミュエル・ボウリングは、溶岩と絶滅層の両方を同じウラン・鉛年代測定で揃えて測り、噴火が絶滅の約30万年前に始まり、マグマの3分の2が絶滅までに噴き出していたことを示しました。噴出量は、アメリカ本土を1キロの厚さで覆えるほどです。

恐竜が消えた白亜紀末はもっと有名ですが、決着はもっと遅れました。アルヴァレズ親子がイタリアの地層の異常なイリジウム量から小惑星衝突説を出したのが1980年、ユカタン半島の地下に直径180キロのチクシュルーブ・クレーターが見つかったのが1991年。それでもインドのデカン・トラップの火山活動を主因とする説との論争は続き、41人の研究者の総説が衝突説を支持したのは2010年でした。仮説から合意まで30年です。

小さくなった集団の中で起きること

1986年、生物学者マイケル・ギルピンとマイケル・スーレは「絶滅の渦(extinction vortex)」という言葉を提案しました。個体数が減ると近親交配が増え、有害な変異が現れやすくなり、繁殖の成功率が下がる。すると個体数はさらに減る。原因と結果が輪になって回りはじめると、最初の引き金を取り除いても止まらない、という考え方です。

この渦を人の手で逆回転させた例があります。フロリダパンサー——アメリカ南東部に残ったピューマの一群です。1990年代前半、生き残りは20数頭まで減り、尾の先が折れ曲がる個体、精巣が下降しない雄、心臓に欠損を抱えた個体が目立っていました。近親交配の典型的な兆候です。1995年、保全管理者たちはテキサスから雌のピューマを8頭連れてきて放しました。2010年の『サイエンス』の報告によれば、その後の15年で個体数は3倍に、ヘテロ接合度は2倍になり、近交由来の異常ははっきり減りました。8頭が、渦の向きを変えたことになります。

ただし、遺伝的多様性がそのまま運命を決めるわけでもありません。キタゾウアザラシは19世紀の乱獲で20〜100頭ほどまで減ったと推定されていますが、いまでは20万頭を超えるまで戻っています。遺伝的多様性はほとんど失われたままで、です。

そしてリョコウバトです。2017年、博物館標本から41個体のミトコンドリアゲノムと4個体の核ゲノムを読んだチームが、意外な結果を報告しました。数十億羽という個体数から予測される水準に比べ、この鳥の遺伝的多様性は著しく低かったのです。彼らの解釈はこうでした。個体数が莫大だったからこそ自然選択が強く効き、有利な変異が広がるたびに、その周辺の中立的な多様性まで削り取られていった。数の多さが、変化に応じるための余地を先に食いつぶしていた——。この読み方には異論もあり、絶滅の直前ではない古い標本にはもっと多様性があったとする分析も出ています。それでも、「数が多いから安全」という直感がこの鳥で成り立たなかったことは動きません。

いま分かっていること、分かっていないこと

はっきりしているのは速度です。2014年に『サイエンス』へ発表されたスチュアート・ピムらの総説は、人間の影響がなかった時代の絶滅率を「100万種を1年見守るあいだに0.1種」程度と見積もり、現在の絶滅率をその約1000倍——同じ条件で100種前後——と推定しました。桁で見ても、いま起きていることは平常時ではありません。

分かっていないのは、分母のほうです。記載済みの生物種は約160万。真核生物だけで870万種はいるという推定もありますが、確かめようがありません。国際自然保護連合(IUCN)が2025年10月までに評価を終えたのは172,620種で、うち48,646種が絶滅の危機に分類されています。評価の進んだ鳥類ですら、61%の種で個体数が減少中——2016年の44%から増えました。名前のない種がどれだけ消えたかは、原理的に数えられません。

原因を一つに絞れるのか、という問いも残ります。渦のモデルが正しいなら、「最後の一撃」を犯人と呼ぶのは、倒れた瞬間だけを見て理由を決めるようなものです。保全の現場では、限られた予算をどの種に配るかという議論——医療の用語を借りて「トリアージ」と呼ばれます——が続いていて、これは科学の問いであると同時に、私たちが何を惜しむかという問いでもあります。

リョコウバトの群れは、空を翳らせながら何日も飛び続けていました。それを見上げた人のうち、この鳥がいなくなると考えた人はいなかったはずです。いま当たり前にいる生き物のうち、どれが同じ立場にいるのか。私たちはその判断を、外から見ることができません。