家賃は高く、部屋は狭く、通勤はつらい。条件を並べれば、都市は決して住みやすい場所ではありません。それどころか近代以前の都市は、住むだけで寿命が縮む場所ですらあったと考えられています。それでも人は、何千年も都市を目指し続けてきました。
割に合わないはずの場所へ
家賃は高く、部屋は狭く、通勤はつらい。条件を並べれば、都市は決して住みやすい場所ではありません。
歴史をさかのぼると、話はもっと極端になります。近代以前のヨーロッパの都市の多くでは、死亡率が出生率を上回っていた——つまり都市は、放っておけば人口が減っていく場所だったと考えられています。密集が疫病を呼び、衛生状態は農村より悪い。それでも都市が消えなかったのは、農村から人が絶えず流れ込み続けたからでした。研究者たちはこれを「都市墓場効果」と呼びます。住めば命を削られかねない場所へ、人々は自分の足で歩いて向かったのです。
そして現在。国連の2018年の推計では、世界人口の55%がすでに都市に住み、2050年には68%に達すると見込まれています。何がそこまでして、人を都市に引き寄せるのでしょうか。
立場1: 人は「稼ぎ」に集まる——経済学の答え
経済学の答えは明快です。人が集まること自体が、生産性を高めるから。これを集積の経済——企業や人が一カ所に固まることで生まれる利益——と呼びます。
古典的な定式化は、経済学者アルフレッド・マーシャルが1890年の『経済学原理』で示しました。同じ産業が一つの土地に集まると、まず、雇う側と働く側が互いに相手を見つけやすくなります。次に、部品や道具を供給する専門業者が育ちます。そして三つめが有名です。マーシャルは、産業が根づいた土地では「商売の秘訣はもはや秘訣ではなく、いわば空気の中にある」と書きました。技術や知恵が、日々の会話や観察を通じて勝手に伝わっていく、というのです。
この見方では、都市は巨大なマッチング装置であり、学校です。集まるほど稼げるようになり、稼げる場所にはさらに人が集まる。都市の成長は、この自己強化のループとして説明されます。
立場2: 人は「自由」に集まる——社会学の答え
しかし、お金だけでは説明がつかない移住もあります。誰も自分を知らない街で人生をやり直したい——そんな動機を、賃金の差に還元してよいのでしょうか。
中世ドイツには「都市の空気は自由にする」という言葉が伝えられています。荘園から逃れた農奴でも、都市に1年と1日住み続ければ領主は連れ戻せなくなる、という慣習法を映した格言です。都市は稼ぐ場所である前に、生まれによる束縛の外側にある場所でした。
この系譜を近代に引き継いだのが、社会学者ゲオルク・ジンメルです。1903年の講演「大都市と精神生活」で、ジンメルは大都市の暮らしを刺激の洪水として描きつつ、そこに逆説を見ました。互いに無関心で、人を肩書きと金銭でしか測らない都市の匿名性こそが、小さな共同体では決して得られない「個人的自由」を人に与える、と。村では、あなたが誰で、誰の子で、何をすべきかを全員が知っています。都市はその視線から人を解放するのです。
なお、どちらの立場にも共通する留保があります。人はいつも「引き寄せられて」集まるとは限らない、ということです。農村の土地不足や仕事の消滅に押し出されて、他に行き場がなく都市に来る人々も、歴史上も現在も少なくありません。引力の物語だけで都市を語ると、この人たちが見えなくなります。
都市の規模には「法則」があるのかもしれない
集まると何かが起きる——それを最も鮮やかに数値化したのが、2007年にルイス・ベッテンコートや物理学者ジェフリー・ウェストらの研究チームが発表した都市のスケーリング研究です。
彼らは各国の都市データを比べ、奇妙な規則性を見つけました。都市の人口が2倍になると、賃金の総額、特許の数、GDPといった社会経済的な指標は、2倍を超えて増える傾向があるのです。1人あたりに直すと、平均でおよそ15%の上乗せ。都市が大きいほど、そこにいる一人ひとりが(平均としては)多く稼ぎ、多く発明する計算になります。一方で、ガソリンスタンドの数や道路の総延長といったインフラは、2倍未満の増え方で済む。大きい都市ほど、設備は節約しながら、産出は割り増しになるわけです。
ただし、この法則には影があります。同じ研究は、犯罪や感染症の件数もまた人口以上のペースで増えることを示しました。都市は良いものだけを加速するのではなく、接触から生まれるものすべて——アイデアも、病気も、トラブルも——を加速するようなのです。なぜこのような規則性が現れるのか、そもそもどこまで普遍的な法則なのかについては、都市の範囲の定義に結果が左右されるという指摘もあり、現在も活発に議論が続いています。
いま分かっていること、まだ分からないこと
人が集まると生産性が上がる、という集積の利益そのものは、多くの実証研究で繰り返し確認されてきました。分かっていないのは、その中身の内訳です。マッチングなのか、学習なのか、選別なのか。とりわけ「なぜ対面の接触はオンラインで置き換えにくいのか」は、通信技術が距離を無意味にするという予測が過去に何度も語られてきたにもかかわらず、まだ十分に説明されていません。リモートワークが広がった現在は、その仮説が史上最大規模で試されている最中だと言えます。
もう一つの未知は、これからの都市化の主役です。国連の推計では、2050年までの都市人口の増加分の約9割はアジアとアフリカで起きるとされます。マーシャルが観察した産業都市とも、ジンメルが歩いたベルリンとも違う条件の下で、同じ引力の法則が働くのか。答えはまだ出ていません。
確かなのは、都市が利益と自由を集積するとき、家賃の高騰や住み分けという形で、その負の側面も同じ場所に集積するということです。集まることの利益は、いったい誰の手に渡っているのか——この問いは、次の問いへの入口になります。