引っ越して何年も経つのに、昔住んでいた家をストリートビューで見に行ってしまう。外壁の色が変わっていると、なぜか胸が少し痛む。ただの壁と床でできた「物件」に、私たちは何を託しているのでしょうか。地理学はこの感情に「トポフィリア」という名前を与えました。
私たちは、もう住んでいない家を見に行く
引っ越してから何年も経つのに、ふと、昔住んでいた家をストリートビューで「訪ねて」しまうことがあります。画面の中の家は他人のものになり、外壁の色が塗り替えられていたりする。それだけのことに、胸のどこかが小さく痛む。壁と床でできた、ただの物件のはずなのに。
考えてみれば奇妙な感情です。私たちは場所を道具として使っているはずです。住むための家、働くための街、通り抜けるための道。道具なら、もっと便利なものが見つかりしだい乗り換えればいい。ところが実際の私たちは、古びた実家や、閉店した喫茶店や、再開発で消えた路地を、まるで人のように懐かしみます。
1974年、地理学者のイーフー・トゥアンは、この感情に名前を与えました。ギリシャ語の「場所(トポス)」と「愛(フィリア)」をつないだ造語、トポフィリア。人と環境のあいだに結ばれる情緒的な絆のことです。ただし、名前が付いても謎は残ります。その絆は、いったい何からできているのでしょうか。
場所は思い出でできている——時間の説
トゥアン自身の答えは、経験でした。彼は「空間(スペース)」と「場所(プレイス)」を区別します。空間とは、まだ何者でもない広がりのこと。自由と可能性の側です。その空間の一部が、そこで暮らし、食べ、誰かと笑い、時間を過ごすうちに意味を帯びてくる。そうして立ち止まる理由を持った空間が「場所」になる、というのがトゥアンの整理です。場所とは、いわば時間の堆積物です。
この見方の強みは、平凡な場所への愛着を説明できることです。実家の間取りに建築作品としての価値はなくても、そこには自分の歴史が塗り込められている。だから愛着は「良い場所」ではなく「長くいた場所」に宿る。誰の故郷も、その人にとってだけは特別です。
ただし弱点もあります。初めて訪れた街角で、なぜか「帰ってきた」と感じてしまうことがある。思い出がまだ一つもないのに心が動くという経験を、この説はうまく説明できません。
場所そのものに性格がある——形と美学の説
そこで二つめの立場は、愛着の源を私たちの側ではなく、場所の側に置きます。ノルウェーの建築理論家クリスチャン・ノルベルグ=シュルツは、1979年の著書で「ゲニウス・ロキ(場所の精神)」というラテン語由来の古い言葉を建築理論の中心に据えました。場所には、光の入り方、地形、素材、囲まれ方が織りなす固有の性格が、住み手より先にある。建築の仕事は、それを壊さずに言い当てることだと彼は考えました。
美学の言葉でいえば、場所への愛着は美的経験の一種だ、ということになります。私たちは初めて聴く音楽に心を動かされるように、空間の質そのものに応答している。初対面の路地で感じる「帰ってきた」は、この説なら説明がつきます。
傍証もあります。カナダの地理学者エドワード・レルフは1976年、どこへ行っても同じに見える現代の風景を「没場所性(プレイスレスネス)」と呼びました。チェーン店と駐車場でできた風景は、快適で効率的なのに、なぜか愛着が育ちにくい。もし愛着が思い出だけの問題なら、そこで長く暮らせば愛着は湧くはずです。形が悪いと愛着が根を張れないのだとすれば、形は少なくとも愛着の条件だということになる。
弱点は、検証のしにくさです。場所の「性格」や「精神」は測定できず、ノルベルグ=シュルツの現象学には思弁的だという批判が絶えません。同じ路地に心を撃ち抜かれる人と、何も感じない人がいることも、場所の側だけからは説明しきれません。
巣に帰る生き物だから——本能の説
三つめの立場は、もっと遠くから眺めます。場所への愛着は、人間が生き物であることの名残ではないか、という見方です。
イギリスの地理学者ジェイ・アップルトンは1975年の著書で、「眺望と隠れ場(プロスペクト・アンド・リフュージ)」という理論を提案しました。人間が美しいと感じる景観には共通点がある。見晴らしがきいて機会をとらえられ、同時に身を隠して安全でいられる場所だ——景観の好みは、捕食と被食の世界を生き延びてきた動物としての、生得的な欲求に根ざしているという仮説です。なわばりを構え、巣に帰り、安全な拠点から世界を探索する。愛着の相手が人から場所へ広がっただけで、仕組みは同じなのかもしれません。
この説は、水辺や見晴らしの良い高台や囲われた庭のように、文化を越えて似たタイプの場所が好まれることをうまく説明します。一方で「なぜ場所というものを好むのか」には答えても、「なぜ他のどこでもなく、あの場所なのか」には答えられません。そして、この種の進化的な仮説の常として、直接の検証がきわめて難しいのです。
失われて初めて、愛着は正体を現す
どの説を取るにせよ、この愛着が「気のせい」ではないことを示した調査が二つあります。
1958年、ボストンのウェストエンド地区で、再開発のための取り壊しが始まりました。多くの移民が暮らす労働者の街で、行政の目には「スラム」と映った一角です。心理学者マーク・フリードらは、立ち退かされた住民に転居の前と後、数百人規模の面接調査を行いました。1963年に発表された報告の題は「失われた家を悼む(Grieving for a Lost Home)」。女性250人のうち26パーセントは、転居から2年が経ってもなお悲しみや抑うつを訴え、深刻な悲嘆反応を示した人は少なくとも46パーセントにのぼりました。男性316人でも38パーセント。「体の一部をもぎ取られたようだった」「建物が立っていた場所を、よく見つめに行った」——住民の言葉を集めたフリードは、これは比喩ではなく、人を亡くしたときの悲嘆(グリーフ)とほとんど同じ特徴を示す反応として記述するのが正確だと結論しています。街を失った人々は、人を亡くしたように悲しんだのです。
もうひとつの調査は、愛着が壊れる瞬間ではなく、育たない条件をとらえました。1969年、都市デザイナーのドナルド・アップルヤードは、サンフランシスコで、建物も住民層もよく似た3本の通りを比べました。違いは交通量だけ。1日におよそ2,000台、8,000台、16,000台です。結果は鮮明でした。静かな通りの住民は、交通量の最も多い通りの住民より友人が3人多く、知人は2倍。さらに「自分の場所だと感じる範囲」を地図に描いてもらうと、静かな通りの住民ほど広い範囲を描き、交通量が増えるほどその線は縮んでいきました。同じ形の道でも、車の流れが人と場所の絆を細らせていたのです。この研究は『リバブル・ストリート』(1981年)にまとめられ、通りを歩行者に取り戻す世界の都市政策に影響を与え続けています。そのアップルヤード自身は1982年、アテネで交通事故に遭い、世を去りました。
三つの説は、まだ決着していない
いま分かっていることの一つは、場所への愛着が測れるということです。1992年にアルトマンとローが各地の研究を一冊に集成して以来、「場所への愛着(プレイス・アタッチメント)」は環境心理学の測定可能な概念になりました。2003年にはウィリアムズとヴァスキが、その場所が自分という人間の一部になっている度合い(場所アイデンティティ)と、やりたいことにとってそこが最適だという機能的な結びつき(場所依存)の2つの次元を、各4項目ほどの質問で安定して測れることを示しています。愛着が断ち切られれば悲嘆が起きること、環境の設計しだいで愛着は育ちも枯れもすることも、確かめられてきました。
分かっていないのは、根っこです。時間か、形か、本能か。実際にはこの三つは絡まり合っているはずで、どれが幹でどれが枝なのかに決着はついていません。生活がオンラインへ移っていくとき、場所への愛着は薄れるのか、それとも画面の中に新しい「場所」が生まれるのかも、開いたままの問いです。
だからこの問いは、一人で考えるより、誰かに尋ねてみるほうが面白いのだと思います。「取り壊されたらいちばんこたえる場所はどこ?」。返ってくる答えは、住んだ年月の話かもしれないし、窓から差す光の話かもしれないし、理由をうまく言えない何かかもしれません。その人の愛着が三つの説のどんな配合でできているか——それ自体が、その人の一部なのです。