1872年、独学で楔形文字を覚えた元彫版工が、大英博物館の粘土板に「ノアの洪水」とそっくりの物語を読み取り、ロンドンを騒然とさせました。天に上って星座になる獣、世界を呑む大水。遠く離れた文化の神話はなぜ、これほど似ているのでしょうか。

彫版工が「ノアの洪水」を粘土板に読んだ日

1872年、ロンドンの大英博物館。ジョージ・スミスという32歳の職員が、ニネヴェ(現在のイラク北部)で発掘された粘土板の解読を進めていました。スミスは正規の教育をほとんど受けていません。労働者階級の家に生まれ、14歳で銀行券彫版の工房に見習いに入り、昼休みに博物館へ通いつめて楔形文字を独学した人物です。

その日、彼は一枚の粘土板に思いがけない文章を読み取ります。山の頂に漂着する船。水が引いたかを確かめるために放たれる鳩。——聖書の「ノアの洪水」と同じ骨格の物語が、バビロニアの粘土板に刻まれていたのです。同僚の回想によれば、スミスは興奮のあまり服を脱ぎはじめ、叫びながら部屋を走り回ったといいます。同年12月3日、この発見を報告する講演には、時の首相グラッドストンまで聴衆として駆けつけました。

聖書の物語が、よその、しかもより古い文明の記録に刻まれていた。ヴィクトリア朝の社会を揺さぶったこの発見は、しかし氷山の一角にすぎませんでした。世界を呑む大水、天に駆け上がって星座になる獣、死者の国への旅。互いに遠く離れた文化の神話は、しばしば不思議なほど似ています。なぜなのでしょうか。

心の設計図が同じだから、という答え

ひとつめの立場は、類似の源を人間の心の内側に求めます。スイスの精神科医カール・ユングは、1916年の論文で「集合的無意識」——個人の経験に由来せず、人類に共有される心の古層——という考えを打ち出しました。心の奥には「元型」、つまり物語の登場人物や筋書きの生まれつきのひな型が備わっていて、神話はその表現である。だから接触のない文化どうしでも、似た物語が独立に生まれる、というわけです。ユング自身、神話の全体は集合的無意識の投影とみなせると論じています。

この説の強みは、大洋を隔てた類似まで一挙に説明できることです。弱点は、確かめようがないこと。どんな神話も解釈しだいで何かの元型に見えてしまい、反証のしようがない、という批判が繰り返されてきました。太陽と嵐、誕生と死を誰もが経験する以上、似た物語は「遺伝する心の古層」を仮定しなくても生まれうる、という指摘もあります。

物語は人と一緒に旅をした、という答え

ふたつめの立場は、類似の源を歴史に求めます。似ているのは、ひとつの物語が人から人へ、土地から土地へ運ばれたからだ、という伝播説です。

スミスの洪水譚は、その好例でした。彼が読んだ写本自体は前7世紀のものですが、物語の系譜はさらに古く、前17世紀ごろに記された『アトラハシス叙事詩』の洪水譚と、ほぼ字句どおりに重なる箇所を持っています。メソポタミアの洪水の物語は文書から文書へと受け継がれ、創世記の成立をおよそ千年さかのぼるのです。近東の内側で物語の「借用」が起きたことは、テキストの比較からほぼ動きません。

伝播説の強みは、細部の一致を自然に説明できることです。船が山に漂着することも、鳩を放つことも、心の普遍性だけからは出てきません。弱点は射程です。文字を持たない社会や、海で隔てられた大陸のあいだの類似まで伝播で説明しようとすると、物語が口伝えだけで数千年、ときに数万年も生き延びたという、重い仮定を背負い込むことになります。

似せているのは分類する側だ、という批判

みっつめの立場は、問いの前提そのものを疑います。神話が似ているのではなく、似て見えるように資料を切り取っているだけではないか、という批判です。

標的になったのは、この分野で最も有名な本でした。ジョーゼフ・キャンベルは1949年の『千の顔をもつ英雄』で、世界中の英雄神話は「出立・試練・帰還」というただひとつの型の変奏だと論じ、のちの創作論に大きな影響を与えます。しかし民俗学者たちの評価は厳しいものでした。あらかじめ用意した鋳型に合う物語だけを引用し、合わない物語を除外することでしか、単一の型は組み立てられなかったのではないか。民俗学の重鎮アラン・ダンデスに至っては、キャンベルを専門家ではないと切り捨て、元型のような概念は真剣な民俗学研究にむしろ害を与えてきたとまで述べています。

たしかに、抽象度を上げれば何でも似てきます。「主人公が旅立ち、試練を経て、変わって帰ってくる」。この網の目の粗さなら、かからない物語を探すほうが難しいでしょう。類似は世界の側にあるのではなく、分類する者の網の側にあるのかもしれないのです。

神話を遺伝子のように扱う

では、「似ている」を印象論から救い出すことはできるのでしょうか。先鞭をつけたのは人類学者クロード・レヴィ=ストロースです。1955年の論文「神話の構造的研究」で、彼は神話を「神話素」と呼ぶ最小単位に分解し、その組み合わせを比較する方法を提案しました。1960年代後半には『神話論理』全4巻で、南米から北極圏まで、アメリカ大陸の神話が少しずつ変形しながら連なっていくさまを執拗に追跡しています。それでも、証拠から結論へではなく結論から証拠へ向かっているのではないか、という主観性への疑いは消えませんでした。

風向きが変わるのは21世紀です。フランスの研究者ジュリアン・デュイらは、進化生物学の道具を神話に持ち込みました。生物学者がDNAの変異から生物の系統樹を描くように、神話の各バージョンをモチーフの有無で符号化し、統計的に系統樹を推定するのです。ホメロスの一つ目巨人ポリュペモスを思わせる物語群にこの手法を適用した研究では、ヨーロッパと北アメリカに広がる系統の起源が旧石器時代にさかのぼると推定されています。

なかでも鮮やかな事例が「宇宙の狩猟(コスミック・ハント)」と呼ばれる神話群です。狩人が大きな獣を追い、追いつめられた獣が天に駆け上がって星座に変わる。星座は多くの場合、おおぐま座の北斗七星です。クマに変えられたカリストが天に上げられるギリシャ神話も、傷ついたクマの血が秋の紅葉を染めると語るイロコイの物語も、この家族の一員とされます。デュイが2013年に組んだモデルは、47のバージョンを93のモチーフに分解し、系統樹を描き出しました。

決め手は分布です。この神話は北ユーラシアと南北アメリカに濃く分布する一方、インドネシアやニューギニアにはほとんど見られず、オーストラリアでもごく稀です。そしてベーリング海峡の両岸には、そろって存在します。地質学と考古学の証拠によれば、ベーリング陸橋が海面の上にあったのは、およそ紀元前28,000年から13,000年のあいだ。デュイは、この神話の原型は15,000年以上前に生まれ、氷期の陸橋を人類とともに渡ってアメリカ大陸へ広がった、と推定しています。

もし推定どおりなら、農耕より古く、文字より古く、車輪より古い物語が、口伝えだけで氷期の狩人から現代まで届いていることになります。同時に、この分布の偏りは心理的普遍説への静かな反論でもあります。人間の心が同じだから物語が生まれるのなら、オーストラリアにもニューギニアにも、同じ物語が「生えて」いなければおかしいはずだからです。

いま分かっていること、まだ分からないこと

現在の研究は、三つの立場のどれかに軍配を上げるのではなく、類似を仕分ける方向へ進んでいます。近東の洪水譚のような字句レベルの一致は、文書間の借用でほぼ説明がつく。宇宙の狩猟のような偏った分布を持つ類似は、人類の移動とともに運ばれた系統の名残という見方が有力になりつつある。そして「英雄の旅」のような抽象度の高い類似には、分類の産物ではないかという疑いがつきまとう。同じ「似ている」でも、中身はまるで違うのです。

分かっていないことも、輪郭がはっきりしてきました。口伝えの物語が本当に一万年以上も骨格を保てるのか、直接確かめる方法はまだありません。神話は遺伝子と違って、隣り合う集団のあいだを水平に移動もするため、系統樹という道具がどこまで通用するかをめぐる方法論の議論も続いています。独立に生まれた類似と、運ばれてきた類似とを見分ける決定的な基準は、まだ手の中にないのです。

それでも、ひとつだけ確かなことがあります。150年前には信仰を揺るがす事件だったこの問いが、いまでは分布地図と統計で検証できる、開かれた科学の問いに変わりつつあるということです。今夜、北の空に北斗七星を見つけたら、思い出してみてください。あの七つの星を「追われたクマ」として語る声は、もしかすると氷期の焚き火のそばから、一度も途切れずに続いているのかもしれません。