好きで描いていた絵に賞状が約束された日から、子どもたちは絵を描かなくなりました。やる気は個人の性質というより、環境と報酬の設計に強く左右されるものらしい——半世紀の研究が掘り当てたのは、少し居心地の悪い結論でした。
好きだったことが、賞状を約束された日から色あせる
好きで描いていた絵が、コンクールに出す絵になった日。楽しかった読書が、感想文のための作業になった日。自分の中で勝手に湧いていたはずのものが、外から何かを足された瞬間に静かに引いていく——多くの人が、似た手触りの記憶を持っています。
1973年、心理学者マーク・レッパーらは、この感覚を保育室で測ってみせました。スタンフォード大学附属の幼稚園で、教室にはなかったマジックペンで絵を描くことに自分から興味を示す3〜5歳の子を選び、三群に分けます。「これで絵を描いてくれたら賞状をあげる」と先に約束する群、何も言わずに描かせて後から不意に同じ賞状を渡す群、賞状と無関係の群です。
1〜2週間後、教室にペンを戻し、子どもたちが自由時間にどれだけ自分から手に取るかをマジックミラー越しに数えます。何も約束されなかった子は自由時間の16.7%、不意打ちで賞状をもらった子は18.1%。先に賞状を約束された子は、8.6%でした。
やる気を失わせたのは、この子たちの側でしょうか。それとも、賞状を持ち込んだ大人の側でしょうか。
内側の火を、外からの報酬が吹き消しているという見方
エドワード・デシとリチャード・ライアンの自己決定理論は、人の内側にある動機を出発点に置き、三つの基本的な心理的欲求を認めます。自分で決めている感覚(自律性)、うまくやれている感覚(有能感)、誰かとつながっている感覚(関係性)です。報酬そのものが悪者なのではありません。報酬が「あなたはこれをやらされている」というメッセージとして届いたとき、自律性が削られ、内側から湧いていたものが引いていくと考えます。
出発点は、デシの1971年の実験でした。大学生に、それ自体が面白い立体パズルを解いてもらい、三回のうち二回目だけ、ある群に解けた分の現金を払う。実験者が席を外した数分間を観察すると、報酬を受けた群は報酬のない三回目に、パズルに触る時間が減っていました。ただしデシ自身の報告でも、この差は統計的に限界的な有意性にとどまります。
冒頭のマジックペン実験は、これを自然な場で確かめ直す試みでした。そこでは量だけでなく絵そのものも変わっていて、条件を知らない三人の判定者が1〜5点で評価すると、賞状を約束された群は平均2.18点、不意打ち群2.85点、無報酬群2.69点。報酬は量を減らし、質も下げていたのです。
「報酬は毒だ」は言いすぎだ、という反論
この見方には強い反論がありました。1994年、ジュディ・キャメロンとデイヴィッド・ピアースは96の実験を集めたメタ分析で「報酬は内発的動機づけを下げない」と結論します。1996年にはロバート・アイゼンバーガーとキャメロンが「報酬の有害な効果——現実か神話か」を発表し、有害効果は限定的で回避可能だと論じました。
1999年、デシとリチャード・ケストナー、ライアンが128の実験による再反論で応じます。この論争が面白いのは、決着が「どちらかの勝ち」ではなく、条件の地図として現れたことです。
やれば・終えれば・うまくやればもらえる形の有形報酬は、自由選択場面での内発的動機づけを確かに下げていました(効果量は順に −0.40、−0.36、−0.28)。一方、予期していなかった報酬や、課題に紐づかない報酬——謝礼や、その仕事に就いていることへの給与のようなもの——には、下げる効果が見られません。肯定的な言葉は、むしろ高めていました(+0.33)。害は大学生より子どもで大きく出ます。
成果連動の報酬は、最高額を取れた人では有能感を支える面があります。ところが同じ制度の下で最高額に届かなかった人では、報酬も評価もない群より大きな掘り崩しが起きていた(−0.88)。等級や賞与は、届かなかった多数にとって、静かな否定的フィードバックとして働いているのかもしれません。
そもそも、心の中を見るのが間違いだという立場
三つめの立場は、視線を人から制度へ移します。
依頼する側は、働く側が実際にどう動いているかを直接は見られないので、観測できる指標に報酬を紐づける——経済学のプリンシパル・エージェント問題です。1991年、ベングト・ホルムストロームとポール・ミルグロムはここに条件を足しました。働く側が複数の仕事を抱え、そのうち一部しか測れないとき、測れる仕事に強い誘因をつけるほど、測れない仕事から努力が合理的に引き揚げられる。手を抜いているのではなく、制度に忠実に応答しているだけです。
1975年には経済学者チャールズ・グッドハートが「観測された統計的規則性は、制御目的で圧力がかかると崩れる傾向がある」と書き、人類学者マリリン・ストラザーンが1997年に一般化しました——測定が目標になったとき、それは良い測定ではなくなる。
この立場に立つと、「あの人はやる気を失った」という言い方自体が疑わしくなります。人は測られている方向には、たいてい十分やる気を持っている。測られていない方向のやる気が外から見えないだけかもしれません。もっとも、同じ制度の下でも燃え尽きる人と平気な人がいて、構造だけを見る説明はその差を扱えません。
罰金は値段になり、無力さは既定値だった
構造の側から見た実例があります。2000年、経済学者のウリ・ニーズィーとアルド・ルスティキーニは、イスラエル・ハイファの私立保育園10園で、20週間にわたり「お迎えに遅刻する親の数」を毎週数えました。最初の4週間はただ観察するだけ。5週目の頭に、無作為に選んだ6園の掲示板へ紙を貼ります。10分以上の遅刻には園児1人につき10シェケルの罰金を科す、と。残り4園は対照群。10シェケルは当時の3ドルほどで、ベビーシッターの時給が15〜20シェケルという物価では、小さいが無意味ではない額です。
抑止理論の予測は明快です。遅刻にコストがつけば、遅刻は減る。実際には増えました。導入から3〜4週かけて増え続け、ほぼ2倍の水準で安定します。対照群に目立った変化はありません。不穏なのはここからです。17週目の頭、研究者たちは何の説明もなく罰金を撤回しました。掲示から紙が消えても、遅刻の数は元に戻らず、残り4週間、高いまま動きませんでした。罰金の前、遅刻の代償は契約書になく、親は「先生に申し訳ない」という漠然とした重みの中で判断していた。そこに値札が貼られた瞬間、遅刻は「してはいけないこと」から「買えるもの」に変わり、値札を外しても意味は戻らなかった。論文のタイトルが、そのまま結論です。罰金は、値段だった。
もう一つ、やる気の議論を根本から揺らした修正があります。1967年、マーティン・セリグマンとスティーヴン・マイヤーは犬を三群に分けました。自分の行動で電撃を止められる群、同じ電撃を受けるが止められない群、電撃を受けない群です。翌日、仕切りを跳び越えれば電撃を避けられる箱に全群を入れると、止められない電撃を経験した群だけが、逃げようとせず電撃が終わるのを待ちました。学習性無力感——制御できない経験を重ねると、制御できる場面でも動かなくなる。この概念は半世紀にわたり「やる気のなさ」の説明として使われてきました。
ところが2016年、当のマイヤーとセリグマンは五十周年の論文で自分たちの理論を書き直します。神経科学の蓄積が示していたのは、順序が逆だということでした。長く続く嫌悪的な事象に対して受動的になるのは、学習された反応ではない。未学習の、既定の反応である。脳幹の背側縫線核が強く活動し、逃避行動を抑える。学習されていたのは無力さではなく、制御できるという認識のほうだったのです。制御可能性を検出した腹内側前頭前野が、この既定の受動性にブレーキをかける。
やる気の話に引き戻すと、これは静かに向きを変える指摘です。人は放っておけばやる気に満ちていて、悪い環境がそれを削るのではない。むしろ「自分の行動が結果を変える」という経験のほうが、供給されなければ育たない。設計の焦点は、やる気を注入することではなく、制御できる経験をどこに埋め込むかになります。ただしこの再定式化は動物実験から出たもので、人間の意欲や抑うつのすべてを説明するものではありません。
いま分かっていること、まだ分からないこと
半世紀を経て見えてきた輪郭があります。報酬が内発的動機づけを削るかどうかは、有無ではなく形で決まります。予告され、行動に紐づけられ、有形であるほど削りやすい。肯定的な言葉はむしろ支えになりますが、それも「その調子で続けなさい」のように統制の色を帯びると効果は反転しうると報告されています。測れるものだけに報酬を集中させれば、測れない仕事は静かに引き揚げられます。
分かっていないことも、同じくらい残っています。実験室で測られた効果量が、職場や学校の何年という時間の中でどこまで持続するのか。何より、目の前の「やる気が出ない」のうち、どこまでが環境の設計で、どこからがその人の事情なのか。この切り分けを外から行う信頼できる方法は、まだありません。
だから「制度が悪い」で終えるのも、この研究群の使い方としては雑です。環境で説明することは、他人への責任転嫁にも自分への言い訳にも簡単に化けます。それでも、確かに変わるものが一つあります。やる気を「その人が持っている量」として測る癖です。
最近やる気を失ったことを、一つ思い出してみてください。そこには、あとから足されたものはありませんでしたか。締切、点数、賞与、進捗率、誰かの期待。そして、あなたの行動が結果を変えたという手応えは、そのとき残っていたでしょうか。